私が国語塾を開いてから今年で10年が経ちました。その間にセンター試験が共通テストに変わったり、高校生の指導要領が大きく変わって新しい科目が加わったりと大きな改革がありました。
社会全体ではコロナ禍があり、戦争があり、金と権力に対する欲しかないビジョンのない政治「屋」とそれでも選挙に行かない政治に無関心な国民によって日本国内では経済が停滞し、賃金は上がらず、少子高齢化が進み、年金の財源不足でどの年代にとっても未来に希望が持てないような世の中になりました。
会社も正社員を定年まで雇えるようなところはごくわずかです。多くの人は何度も転職することになるでしょうし、そもそも就職せずにフリーランスとして生きる人や起業する人も増えています。
つまり、より「個人の力」を使って生きていく世界になっているわけです。
そんな世界でどのような力が必要になるのか。
それは何のために勉強をするのかというよく子どもたちから言われる質問に対する答えにもなっています。
私はすべては「適応力」を身につけるためであると考えています。
お金を稼ぐのも、何かあったときにお金を使って解決できるようにするためです。お金を稼ぐこと自体に価値があるわけではありません。いくら稼いでも不幸になっている人はたくさんいます。一方で、それほどお金は持っていなくても、明るい家庭を築いて幸せそうに生きている人もいます。
良い大学に入るのも、良い会社に就職するのも、結婚するのも、すべては「幸福に生きるため」ですよね。
結婚をしないという選択をする人が増えているのも、「結婚をする=幸福」ではないと考える人が増えているからです。(もちろん、社会的な強制力が弱くなっているのもあります。)
そして、そのためには常に変化する世の中や自分の状況に対して、その都度適切な対応をする必要があります。大事なのは自分自身や身の回りの人が幸福な人生を生きる、もっと言うなら「より良く生きる」ことです。
自分に必要なものを学び、相手に伝わるように言語化し、自分自身を表現して、状況に対応していく力が必要になるわけです。
それはただ単純に論理的な文章が読めるというだけでなく、豊富な語彙力によって自分の感情を表現する力や、他人の感情を想像する力、未知の世界のことを想像し、自分ごととして捉える力、自分の考えを整理して相手に誤解がないように言葉を尽くして使える力など、それらの一番のベースになるものが「国語」の力であるということです。
大学に合格するために国語を勉強する、最初はそれで構いません。
ただ、私が国語塾を開業し、入塾してくれた生徒たちに伝え、鍛えたいと考えているのは上で述べたような力なのです。
それを受験勉強を通じて子供たちに伝えたいと思っています。